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第4章 「倫理的抑制」の精神

1.誘惑の多い経営者

 私は社員のいない株式会社の社長であるが、10年以上前に創業したとき、ある友人から、次のような提案を受けた。「社員を雇ったことにして、行政から補助金をもらおう」という申し出である。私は、補助金をもらえたらどんなに楽だろうか、という誘惑に駆られた。ただ、それが法律違反であり、倫理的に反していることなので、その申し出を断った。あまり深く考えることもなかったのであるが、その申し出を断ることができたのである。

 この場合の、提案を一蹴したという意思決定を、どのように解釈すべきであろうか。私は自分自身の断念について、そこに「倫理的抑制」というものを感じるのである。この場合の「倫理的抑制」というのは、「倫理的に実行してはいけないと考える自制の念」とでも説明できようか。「自制し、抑制する倫理的意思」のことである。

 最近の報道を見聞きしていると、脱税事件が頻繁に報じられる。最近だけでなく、あらゆる時代を通して、あの会社も、この個人も脱税か、という嘆きにも似た感覚をおぼえることが多い。

 正直に言って私はこれらの脱税行為を、簡易に「良くないことだ」と一蹴することはできない。会社にしろ、個人にしろ、その年度に大きな売上げをやっと計上し、大きな利益を創出することができたからこそ、税金を払わなくてはいけないのである。来年度はどうなるか分からないし、会社経営とは不安定なものである。できれば、国や地方自治体に税金として納めずに、内部留保したいと思っても不思議ではない。私だって、そういう誘惑に駆られても不思議ではない。

 会社の経営者は、脱税などの法律違反の誘惑に囲まれて仕事をしていると言える。そういう誘惑を振り切ることができると考えた場合、そこにあるのが「倫理的抑制」というものではないだろうか。もちろんそういう誘惑にかられる提案は、倫理的に反するのである。だからと言って、安易に一蹴することはできない。そしてその誘惑から逃れられると考えた場合、そこに「倫理的抑制」という精神を、私は感じるのである。

2.個人にも必要な「倫理的抑制」

 この「倫理的抑制」というものは、個人的にも重要な精神であると思う。前節においては、脱税と言うよくあるケースについて考えてみた。しかし、そういう場面は、脱税だけではないと思うし、ほかのケースでもあり得ると思うのだ。

 脱税よりも深刻でないと思えるケースをあげると、私は20代のころに自動車を所有し、運転していた。その時代に駐車違反をしたことがある。また、他者の車と接触したことがある。また、一方通行を逆に走ってしまったこともある。どれも大きな事故にはならなかったのだが、これらはいずれも法律違反である。車を運転したことのある個人はわかると思うのだが、駐車違反をしたことのないドライバーは少ないし、他者の車と接触したことのないドライバーも少ないだろう。道路交通法に違反するケースをほとんど誰でもが経験しているのである。

 ここからも分かるように私たち生活者は、犯罪と非常に近い場所で、背中合わせで生活している。だからこそニュース報道によって、毎日限りなく多くの事件が報じられるのである。私には大きな犯罪行為はこれまでになかったが、それと非常に近しい関係の中で生活してきたことは、認めなくてはいけないと思うのだ。

 これらの犯罪から逃れる術があるとすれば、「倫理的抑制」という精神が、一個人としても重要だと考えられる。例えば「殺人」を犯すのは、そこに「正当な」理由があるように見えても、制止しなくてはいけない。そうした犯罪から逃れるためにも、「倫理的抑制」という精神を働かす必要があるのだ。「倫理的抑制」という精神を大切なものだと考えたいのである。

 私は、60歳を超えることによって、この「倫理的抑制」というものを考えるようになった。だから、20代とか30代において、この精神を働かせることができるか、疑問に思う読者も多いかもしれない。でも、若者に対する忠告として述べれば、「倫理的抑制」という精神が大切だと強調したいのである。

 そして、「倫理的抑制」が働いていない多くの事件に遭遇するにつけ、愕然とするのである。「倫理的抑制」というのは、ある意味で日本人の美徳ではなかっただろうか。犯罪を受けた被害者についても残念な思いをするのは当然だが、犯罪者に対しても、その不幸な事態に対して残念な思いがするのである。個人としての生活者にとっても、「倫理的抑制」というものが大切だということをここで強調しておきたい。

3.経営者における「倫理的抑制」

 第1章で、「会社は経営者の城」だという意味のことを述べた。その場合、経営者が、その職業倫理を認識しないで野放図に権限を振り回した場合、その「城(会社)」は無法地帯にさえなってしまう可能性がある。

 そういう意味では、私は経営者を性悪説と考えているのかもしれない。経営者として、とにかく利益を出そうという意欲が強すぎる現状において、経営者を性悪説になぞらえる根拠は、相当程度あるような気がする。また、ビジネス倫理に反する会社が連日のように報道される現状を見ると、ここからも経営者を性悪説になぞらえる根拠はあると思う。

 仮に、経営者=性悪説に立脚する場合、性悪な経営者から逃れるためには、どのような職業倫理に立てばよいのだろうか。私はその倫理観を「倫理的抑制」と名付けたいと思う。特に、「会社が経営者の城」だと考えた場合、個人としての生活者の場合よりも、経営者には「倫理的抑制」というものが非常に大切だと思う。

 この章の1節で、経営者は様々な誘惑に囲まれて会社を経営していると述べた。そして、その誘惑から逃れるためには、「倫理的抑制」という精神が大切だと述べた。誘惑を「倫理的抑制」という精神によって押さえ込む必要性を述べた。経営者と言う立場に立つと、その重要性はより大きなものがある。「城(会社)」の中で大きな権限をもつ経営者は、社員に対するパワハラや経営における犯罪的行為に対する誘惑に駆られる機会は非常に多いのである。「倫理的抑制」という精神を、「経営者の職業倫理」として、最後に改めて強調しておきたいと思う。

(了)

 

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